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KOTOBAYA ブログ

「もっけの幸い」 どんな幸い?
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    思い違いをしている言葉って誰にでもありますよね。


    子どものころ、「台風一過の青い空」という言葉を聞いて、すっかり「台風一家」だと思い込んでいた時期がありました。台風さん御一家が青い空を持ってきたというのもおかしな話ですけれどもね。


    また、よく聞くのは、童謡の「赤とんぼ」の歌詞で、「負われて(背負われて)見たのはいつの日か」を、「追いかけられて」という意味だと思っていたとか、「ふるさと」では、「うさぎ追いしかの山」を「うさぎがおいしい」だと思っていたとか、とかく耳からだけの情報は思い違いが起こりやすいものですね。


    そうそう、こんな話もあります。古い話で恐縮ですが、「巨人の星」が大はやりだったころのことです。「思い込んだら試練の道を〜」とテーマソングが流れると、そのバックに星飛雄馬がグランドをならすための大きなローラーを引っ張っている映像が流れます。それで友達は、あのローラーが「コンダラ」という代物で、「重いコンダラ」だと思い込んでいたというのです。これには大笑いでした。


    お恥ずかしい話ですが、実は最近、ずっと思い違いをしていたことに気づいた言葉あります。それが「もっけの幸い」です。もっけの幸いとは「思いがけない幸運」という意味だということは分かっていたのですが、「もっけ」は「もうけ」が転じたものだろうと思い込んでいたのです。「もうかったぞ、ラッキー」という感じです。本当に恥ずかしい話です。


    この「もっけ」とは、実は「物の怪」の意味でした。物の怪というのは人にとりついたりする生き霊のことです。つまり、「もっけの幸い」とは、「これは自分が願ったことじゃない。きっと物の怪か何かの力だよ=思いがけない幸運」という意味だったんですね。


    これを知ったときには非常にショックで、まだまだ修行が足りないと思い知らされました。皆さんは、思い違いをしている言葉はありませんか? 

    | - | 10:11 | - | - | - | - |
    擬態語と擬音語
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      私が好きな日本語の特徴の一つは、擬音語や擬態語がたくさんあることです。これらは豊かな表現になくてはならないものですよね。ご存じのように、擬音語は音や声を表し、擬態語は様子を表します。表記の決まりとしては、擬音語は片仮名で、擬態語は平仮名で書くことになっています。


      ・ドドスコ、ドドスコと太鼓の音が聞こえてきました。
      ・水たまりにピチャンと葉っぱの水滴が落ちました。
      ・気がつくと、雪がはらはらと降っています。
      ・秋がひたひたと近づいている気配がします。





      また、同じ言葉であっても、擬音語になったり擬態語になったりと、使われ方によって変化するものもあります。


      ・ごろごろと大きな石が転がった。 (擬態語)
      ・ゴロゴロと不気味に雷が鳴っている。(擬音語)





      ただ、最近では擬態語も片仮名で表記することがとても多くなっているように思います。片仮名で書くと周囲よりも目立つので強調の意味を持つようになるからでしょうね。コミックなどの影響もあるかもしれません。


      例えば下のように、「きらきら」は擬態語ですが、「キラキラ」と片仮名にしたほうがはっきり輝いている気がしますよね。えっ、そうでもない? どちらがいいかは好みの問題もあるかもしれません。


      ・星がきらきら輝いています。
      ・星がキラキラ輝いています。





      実は、平仮名で表記した擬態語を、これは普通は片仮名ですよねと、お客様からご意見をいただいたことがあります。こんなわけで、最近は、平仮名にするか片仮名にするのかを、擬態語だから、擬音語だからとしゃくし定規に決めるのではなく、周囲のバランスを考えて判断しないとだめかなと考えるようになりました。こんなことに細かくこだわっているのは私たち反訳者ぐらいかもしれませんが(汗)。


      ただ、個人的には、こんなふうに平仮名で表現する擬態語が大好きですけれどもね☆


      ・うらうらとした春の日差しを浴びたタンポポを見ていたら、心がぽわんとあったかい気持ちになりました。

       

      | - | 00:45 | - | - | - | - |
      「被ばく」という言葉
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        反訳の仕事していて、最近急に多く使うようになった単語に「被ばく」があります。大変残念なことですが、これからかなり長い間、私たちはこの言葉に向き合っていかなくてはならないようです。


        「ひばく」は、ご承知のように「被爆」と「被曝」と「飛瀑」の3つの熟語がありますが、ここでは「飛瀑(=高い所から落ちる滝)」を除き、「被爆」と「被曝」について考えてみたいと思います。


        「被爆」は「爆撃を受けること。原水爆による攻撃を受けること、また、その放射能の害をこうむること」の意味で、悲しいことですが広島と長崎の場合はこの表記となります。

        一方で「被曝」は「放射能にさらされること」の意味で、まさしく今回の福島第一原子力発電所の事故による影響がこれにあたります。「曝」は「曝す(さらす)」という意味ですね。福島では低線量の長期被曝が心配されています。


        議事録で使用する『標準用事用例辞典』(社団法人日本速記協会)では、「被爆」も「被曝」もそのまま漢字で表記するように指定されていますが、「曝」は常用漢字ではありませんから『新聞用事用例集』(時事通信社)などのいわゆるマスコミ表記では、被曝のときは「被ばく」と仮名と漢字を交ぜて表記します。つまり、「被ばく」とあれば、これは「被曝」のことを指しているというわけです。


        ちなみに「飛瀑」は「飛瀑(ひばく)」というふうに単語全体の読みを示して表記することになっていて、「飛ばく」とは書きません。


        私の娘が通う学校でも校庭の表土を削ったり校舎を洗浄するなどの対策が講じられて、それなりに効果も上がっているようなのですが、もしも可能であれば地域全体をごしごし洗ってしまいたい衝動にかられます。とにかく、一日も早い収束を願うとともに、たった今も懸命に作業にあたっておられる方の安全を祈らずにいられません。

         

        | - | 14:47 | - | - | - | - |
        初心に帰る? 初心に返る?
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          音声を文字に起こすとき、表記に迷うことが多いのが、この「かえる」です。


          初心にかえる、童心にかえる、原点にかえる、われにかえるなど、「かえる」にもいろいろありますが、この使い分けがなかなか厄介です。文芸作品を読んでいても、ある人は「返る」を使い、ある人は「帰る」を使っていることもあり、ますます謎は深まるばかりです。どうしても判断がつかないときは「かえる」と平仮名で逃げ切ってしまうこともできますけれどもね。


          基本的な考え方として、「返る」は物事に対して使われるのに対し、「帰る」は人に対して使われます。ただ、「帰る」にする場合、人に使われていたとしても、そこには気持ちが働いていなければなりません。


          つまり、はっと「われにかえる」ときは、偶然か、もしくは外からの刺激でそうなったので「われに返る」となり、「初心にかえる」ときは、意志としての作用が強く働いているので「初心に帰る」のです。何だか面倒ですね。


          原点にかえる場合、初心と同じように心構えとしての意味合いが強ければ「原点に帰る」となりますが、何かの仕事をしていて、成り行きで原点に戻ることになった場合には「原点に返る」わけですね。


          同じ理由で、童心にかえるも、一般には「童心に帰る」と書きますが、酔いつぶれて自分の意志とは無関係に子どもみたいになってしまった場合は、もしかしたら「童心に返る」にしてもいいのかもしれません。

           

          ほかに「還る(走者がホームに還る)」や「孵る(ひなが孵る)」もありますが、これらについては「かえる」と平仮名で表記することになっています。


          さて、私も慣れや思い込みにとらわれず、初心に帰って仕事をしていきたいと思っています。

           

          | - | 14:43 | - | - | - | - |
          虫がいい話です(?)
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            私たちは会話の中で、「それは虫がよすぎるわ」とか、「どうも虫が好かないやつだ」「彼女、虫の居どころが悪かったみたいね」というように、「虫」という言葉をよく使いますよね。これ、どうして「虫」なのか不思議に思いませんか?


            私たち日本人は昔から、自分の中には虫がいて、その虫は自分の理性ではどうにもならないものだと考えていたようなんです。赤ちゃんがかんしゃくを起こしたりすることを「疳(かん)の虫」と言ったりするのも同じですね。


            ですから、ずるい考えが浮かんだとしても、それは体の中の虫が勝手に考えたことであり(虫がいい)、生理的に好きになれない人も、それは体の虫が嫌いだと言っているのであり(虫が好かない)、不機嫌になって周囲をドン引きさせたのも、体の中の虫が落ちつかなかったせい(虫の居どころが悪い)というように、すべて虫のせいにしちゃったんです。


            都合の悪いことを見えない虫のせいにして済ませてしまうなんて何ともユニークな発想ですが、実際、ほんの数十年前までは体の中の寄生虫なども今よりずっと多かったでしょうから、こういう考え方も理解できる気もします。


            そういえば、「虫の知らせ」というものもありますね。迷信のたぐいかなと思っていたのですが、実は私、母が亡くなるときに本当に「虫」に知らせてもらいました。科学的ではない話をするのは非常にためらわれるのですが、こればかりは本当で、いまだにとても不思議に思っています。


            いずれにしても、虫とうまくつき合いながら、虫に自分の体を乗っ取られないように気をつけて生活していかなければなりませんね。

            | - | 13:48 | - | - | - | - |
            常用漢字表の改訂について(「俺様」や「憂鬱」も漢字表記が可能になります)
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              反訳(テープ起こし)原稿を作成する際、漢字表記にするか平仮名にするかの基準となる常用漢字表が、このほど29年ぶりに改訂され、年内にも告示されることになりました。

              今回の改訂により、従来の常用漢字表に載っていなかった、俺(おれ)や鬱(うつ)など、196字が追加(5字削除)されるので、より日常感覚に近い漢字を使った原稿を作成できることになります。

              特に歓迎すべきは「俺」の採用です。「僕」や「私」は漢字なのに、どうして「おれ」だけ平仮名にしなければならないのか、バランスが悪いなと思っていたので、これでその悩みが解決しそうです。


              その他、追加された主な漢字としては、傲慢の「傲」、毀損の「毀」、語彙の「彙」などが挙げられます。これらの熟語はこれまで「ごう慢」とか「語い」というように、平仮名と漢字を交ぜるか、読み方を併記しなければなりませんでした。熟語はやっぱり漢字表記の方がすっきりしますね。

              また、これまで「〜にかかわる」などと平仮名だったものが、「関」に「かかわる」という読みが追加されたため、「〜に関わる」というように漢字表記が可能になりました。

              ただし、原稿作成に当たっては、これまでどおりお客さまのご利用目的に沿った形の原稿に仕上げてまいりますので、表記についてのご要望がございましたら、お気軽にお申しつけくださいませ。

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              改訂常用漢字表改訂のポイント

              ○現行の常用漢字表に「俺(おれ)」「鬱(うつ)」など、196字を追加(5字削除)して合計で2,136字に

              ○固有名詞のみに使われている漢字は原則入れないが、都道府県名に使われている「岡(おか)」「熊(くま)」など11字を追加

              ○「私(わたし)」「関(かか)わる」など新たな読み追加

              ○要望があった「碍(がい)」「鷹(たか)」などは見送り

              | - | 01:43 | - | - | - | - |
              録音にも「ピント」がある?
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                講演会などを聴いてスムーズに内容が理解できるのは、言葉(文章)を全体としてとらえているからだと思います。ただ、聴くことと起こすことはちょっと違っています。文字として起こすためには「だいたい分かる」では不十分なのです。

                そこで大切なのが録音状態です。難解な用語が出てきたとしても、はっきりとした録音ならお調べして表記を確定することができるのですが、録音状態が悪いと、なかなかそれができなくなってしまいます。このことは起こし手にとって大変残念なことです。なぜって、やはり 「いい原稿」 にすることが何よりの喜びになるわけですから。

                会場に録音設備が整っていれば問題ないのですが、そうではない場合、話者から離れれば離れるほどぼんやりとした録音になってしまいます。これは、写真でいったらピントが合っていないようなもの、といったら分かりやすいでしょうか。このような場合は、例えば人名なら「ボールドマン」なのか「ゴールドマン」なのか、はたまた「ウォールドマン」なのか、正しく聞き分けることができなくなってしまうのです。

                そういうときは、前後の文脈から判断してお調べすることになりますが、どうしても調べきれないものも出てきますのでご了承くださいませ。録音状態が良くない場合は、できるだけ詳細な資料を貸与していただけますと大変に助かります。

                広い会場ですと、反響音まで拾ってエコーがかり、聴き取れなくなる場合もあります。事前に試しの録音をされるといいかもしれませんね。また、会議や講演は1回限りですから、録音に失敗すると大変です。サブでの録音も準備されると安心です。
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                歩いて帰る? 歩って帰る?
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                  福島では、「歩いて(あるいて)」 を 「歩って(あるって)」 と言うのは普通のことです。「歩っていこうよ」「歩ってきたの?」などと使います。もちろん、「あるって」と打ち込んでワープロソフトで変換しようとしても「歩って」とは出てきません。つまり標準語ではないのです。でも、使っている本人に方言だという自覚がないので、無防備に使ってしまいますよね。実は私もそうです。

                  気をつけないと、一発で田舎者だとバレてしまうなと思っていたら、実は首都圏の一部でも使われていると聞いて少し安心しました。そうはいっても決して全国的な使われ方はしていないようで、南東北から北関東あたりに限られているようです。本当かどうか確かめることはできませんが、みなさんの地域はどうでしょうか。

                  ただし、首都圏で使われているとなると格が上がる(?)のか、「歩って」は明らかな方言扱いではなく「例外的な標準語」に入るのだそうなのですが、そうなるとますます複雑です。
                   
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                  会社設立のご案内
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                    このたび「文章工房KOTOBAYA」は、念願だった法人化を果たしまして「KOTOBAYA反訳株式会社」に商号を変更し、新たなスタートを切らせていただくことになりました。これもひとえに、長らくご愛顧いただいてまいりました多くのみなさまのご支援、ご指導のたまものと深く感謝いたしております。

                    法人化といいましても、これまでと同様に一つ一つの原稿を丁寧に仕上げていく姿勢になんら変わりはございませんが、今後は法人組織としての責任もしっかりと果たさなければなりませんので気が引き締まる思いでございます。

                    これからも、文章の職人として研鑚(けんさん)を積んでまいる所存でございます。皆様の片腕としてご用命いただくことができましたなら、これ以上の幸せはございません。どうぞ引き続きお引き立てくださいますようお願い申し上げます。
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